壺中天(こちゅうてん)を仰ぐ~誰も邪魔することのできないその人だけの天~

こんにちは、ウサトコです。
久々に自主制作のオリジナルイラストを描きました。
タイトルは、「壺中天(こちゅうてん)を仰ぐ」です。

壺中天を仰ぐ

「壺中天」という素敵な概念

この絵を描いたきっかけは、白蔵盈太著「画狂老人卍 葛飾北斎の数奇なる日乗」という小説を読んだことです。

江戸時代の絵師・葛飾北斎とそれを取り巻く人々の日常をコミカルに描いた、とてもおもしろい作品でした。北斎に少しでも興味のある方にはおすすめです。

この小説の第四章「画狂老人と娘」というお話に、壺中天のエピソードが出てきます。
作中の一文を引用させていただきます。

「壺中天」というのは、北斎が好んで使う言葉である。

──誰もが心の中に壺を持っていて、その壺の中にせっせと自分一人だけの世界をこしらえているもんだ。その壺の中に入って一人で見上げる天は、誰も邪魔することのできねえ、そいつだけの天なんだ。

おめえらは自分の壺中天を大事にしろ。あと他人の壺中天を軽い気持ちでのぞき込むのはご法度だし、もし見ても絶対に笑うんじゃねえぞ。

他人から見たらどんなに馬鹿馬鹿しくてくだらないものでも、その壺の中から見上げる天は、そいつにとっては人生の支えであって、唯一無二の宝物なんだ──

白蔵盈太著「画狂老人卍 葛飾北斎の数奇なる日乗」より引用

「壺中天」、すごく素敵な概念だと思いませんか?
この一文に感銘をうけて、描いたのが今回のイラスト
壺(に見立てた五右衛門風呂)の中、誰にも邪魔されない自分だけの天を見上げる幸せそうなうさぎ なのでした。

イラストと小説のストーリーとは全く関係ありません。

【ものすごくざっくりした「画狂老人と娘」のあらすじ】
北斎の娘であり絵師でもある「お栄」が親に内緒でなにやら怪しげな行動をしているので、周囲は気になって仕方がない。
探りを入れた先の、彼女の壺中天の中身とははたして──?

これだけだとシリアスな感じもしますが、実際はコミカルで楽しいお話です。

壺の中、一人でせっせと作る、誰にも触れられない自分だけの世界…
西洋風に言うとサンクチュアリ(聖域)みたいなものでしょうか?

私は子供の頃から、本当に大事だったり、好きだったりすることについては、身近な人であっても易々と話せない子でした。
おそらく、「大切なことを話して、それに傷がついてしまうような反応をされてしまったら…そうなったらもう元の傷のない状態には戻せない。だから自分だけで安心して大切にしたい。」というような気持ちがあるのだと思います。(そもそもマニアックすぎて、最初から共有自体を望んでいないこともあります…^^;)

だから、この壺中天のお話にはすごく共感してしまったのですよね。
「わかるー!私の大事にしてきたもの、これだ!壺中天だったんだ!」って。

そして、子供の頃は「こんなふうに自分の大切なものを隠しているのは自分だけかな?」と思っていたけれど、大人になり周囲の人を見ていると、やっぱり誰しもが自分だけの領域を持っているのだと察することが増えました。

皆、なんでもかんでも人と共有するわけではなく、ちゃんと人に話すことと自分の中だけで大切にしたいこととを分けている。
そして自分だけの領域(壺中天)を大切に思うからこそ、他者の領域も尊重して大切に扱うことができるのだと思います。

「壺中天」でネット検索すると、Wikipediaには次のように書かれています。

壺中天(こちゅうてん)とは、中国の神仙思想において、壺の中にあるとされる別世界(仙境)。

Wikipediaより

別世界…ということは、壺の中の世界はこの現実の世界と地続きではない、独立した異空間のようなものなのですね。

人はそれぞれに、自分だけの壺中天を持っている。
それは日常から離れた別世界。なにもかもを脱ぎ捨てて自由なありのままの自分でいられる場所。
たとえ世の中がどうなろうとも、壺の中の世界だけは絶対安全な、自分だけの聖域なのです!

世界にひとつの、自分だけの壺中天。大事に育てていきたいですね。