
こんにちは、ウサトコです。
もうすぐ春ですね!大阪の桜はまだ蕾や咲き始めの状態。
この時期は年度末でばたばたしていたり、天気が不安定だったりで、ここ数年はちゃんとしたお花見ができていません。
まめにチェックして、今年こそは綺麗な満開の桜を見られたらいいなと思っています。
そんな春の始まりにふさわしい、明るい期待感の溢れるイラストを描きたいと思い、『らびっと堂』という架空のお堂で楽しい時間を過ごすうさぎさんたちのイラストを描きました。
『らびっと堂』は真ん中のピンク色のうさぎさんの住処で、なんだか縁起のよさそうなパワースポット的な場所というイメージです。
座右の銘、『日々是好日』
お堂の中に飾られている『日々是好日』というのは、私の好きな言葉です。
(にちにちこれこうにち)と読むのが本来の読み方のようですが、映画などの影響もあって(にちにちこれこうじつ)と読む方がメジャーかもしれません。

『日々是好日』は禅語のひとつで、中国の禅僧、雲門文偃(うんもん ぶんえん)の言葉。
『どんな日もかけがえのない最高の日』という意味です。
これだけ見ると、毎日毎日楽しいことが起こってハッピーな毎日♪みたいな意味にとられそうですが、そういう意味ではありません。
細かなとらえかたは人それぞれですが、私は
『人生の中には雨の日も風の日もあるけれど、受けとり方や心がけ次第でどんな日も良き日にすることはできる。そのような日にできるように、今目の前の人生を大切に生きましょう。』
といったニュアンスでとらえています。
イラストのうさぎさんは、のんきに楽しく暮らしているようですが、もしかしたらイラストのこの瞬間に至るまで、色々なことがあったのかもしれません。
一人ぼっちで、生死を彷徨いながらもたどり着いた山奥の古いお堂。
しばらくは生きるだけで精いっぱい。
でもなんとか職を見つけ、一生懸命働いて、お金を少しずつ貯めて。
ボロボロのお堂を少しずつ、時間をかけて、自分の居心地のいい場所に変えていった。
そんな長い年月の積み重ねで、イラストのような瞬間が訪れたのかもしれません。
また、この状態も永遠で確実なものではなく、
何かの因果で、せっかく作り上げた自分のお気に入りの場所を失って、ゼロからのスタートになることもあるかもしれません。
でも、イラストのような『絵にかいたような幸せな瞬間がある時』だけが素晴らしい日というわけではなく、
なんとか職をみつけて慣れない仕事に悪戦苦闘したり。
ボロボロのお堂を掃除したり。
『こんな場所にしたいな』と夢を膨らませたり。
不用品として譲り受けた提灯をうきうきしながらも、苦労して取りつけたり。
といった地味な日々も、うさぎさんにとってはかけがえのない時間だったのではないでしょうか。
だから、『どんな日もかけがえのない素晴らしい日にするぞ』という心があれば
ゼロからのスタートになって、全くのノーダメージではないかもしれませんが、
うさぎさんはまた前を向いて自分なりの『素晴らしい日』を作っていけるはず。
そんな願いを込めて描いたイラストでした。
雨の日や風の日があるから、『有り難い』に気づく
とはいえ、雨の中、風の中にいる渦中の時に、なかなか『良き日だ!』とは思えません。
雨の日や風の日なんてなくていい!毎日晴れの日がいい!と考えてしまいますが、
本当にずっと毎日が晴れの日だと、晴れ空のありがたさにも気づくことができなくなります。
空模様以外にも、人に心から親切にされたり、美味しいご飯が食べられたり。
そんな些細に思えることも、全くもって、当たり前じゃない。

最近知った事なんですが、現代語の『ありがとう』という言葉は『ありがたし』という古語から変化してできた言葉だそうです。
『ありがたし』は漢字で書くと『有り難し』
有るのが難しい…とても貴重だ!奇跡的だ!とか、そういう意味なようです。
雨の日や風の日を経験すると、こういった『有り難し』に気づきます。
私が好きなもの、大切にしているもの、自分の居場所、日々の生活
当たり前じゃない。とても儚くて、有り難いものだって気づけます。
有り難いに気づくからこそ、幸せを感じられる。
だから、雨の日も風の日も無駄ではなかった。
渦中にいる時はそう思えなくても、後から振り返ってそう思えることもある。
そんな感じのゆるい距離感で、これからも『日々是好日』という言葉とつきあっていきたいです。

